NODA レーシングアカデミー高等学園

講師紹介

野田英樹 ロジャー安川 加藤寛規 山崎信介 福田良 福田良チームルマン 土沼広芳 河野康 根田善弘
小谷徹 末武信宏 チャールズチェン 兵藤彰洋

校長・ドライバー部門・トレーニング部門・マネージメント部門

野田英樹
生年月日
1969年(昭和44年)3月7日
出身地
大阪府
身長
170cm
体重
63kg
血液型
RH+O
ホームページ
http://www.hideki-noda.com/
1982
カートレースにデビュー。
関西カート・ランド・シリーズJクラスチャンピオン獲得。
1983
全日本ナショナルA-1クラス・チャンピオン獲得(カート)。
1985
全日本A-1クラス西地区チャンピオン獲得(カート)。
1986
全日本A-2クラス・チャンピオン獲得(カート)。
1987
自動車免許取得と同時にフォーミュラ・レースにデビュー。
FJ-1600クラス15戦に参戦。
ポールポジション-9、ラップ・レコード-3、優勝-4
新人賞受賞
1988
全日本F-3選手権に参戦。2位-1、3位-1、非公式ラップ・レコード-1。
マカオのインターナショナルF-3レースに参加/1レグ:8位、
2レグ:メカニカル・トラブルにより出走できず。
F-1日本GPのサポート・レースで2位入賞。
1989
中嶋悟氏の援助によって渡欧し、フォーミュラ・ヴォクソール・ロータス・ヨーロッパ選手権に参戦/ポールポジション-2、ラップ・レコード-3、優勝-1、入賞-7、選手権-5位 
JMSアワードを受賞。
1990
イギリスF-3選手権に参戦(アラン・ドッキング・レーシング)。
入賞-4、選手権-14位
1991
イギリスF-3選手権に参戦(アラン・ドッキング・レーシング)。ナンバー1ドライバーとして、
アラン・ドッキング・レーシングと2年目の契約/優勝-1、選手権-7位/日本国外のシングル・シーター国際レースで優勝した初の日本人となる。
エイボン・ファーステスト・ラップ・アワードを受賞。
1992
インターナショナルF-3000選手権全戦に参戦(チーム3001)。
シーズンを通して同選手権に参戦した初の日本人ドライバーとなる。
1993
インターナショナルF-3000選手権全戦に参戦(チーム・トムス)。
全日本F-3000選手権の2戦にも参加。
1994
インターナショナルF-3000選手権全戦に参戦(フォルティ・コルセ)。
3位-1(第4戦/エンナ)、5位-1、選手権-9位/
インターナショナルF-3000選手権において表彰台に立った初の日本人ドライバーとなる。
ヘレス(スペイン)、鈴鹿、アデレイド(オーストラリア)の3つのF-1グランプリにラルースより参加。
1996
アメリカに活動拠点を移し、インディ・ライツ・チャンピオンシップ全戦に参戦。(インディ・リージェンシー・レーシング)
トロントで開催された第9戦で3位に入賞し、インディ・ライツ・チャンピオンシップにおいて表彰台に立った初の日本人となる。
1997
インディ・ライツ・チャンピオンシップ全戦に参戦(インディ・リージェンシー・レーシング)。
ポートランドで開催された第8戦で優勝し、インディ・ライツ・チャンピオンシップにおいて優勝した初の日本人となる(選手権9位)。
1998
全日本選手権フォーミュラ・ニッポン、全日本GT選手権に全戦参戦(チームセルモ)。
菅生で開催されたフォーミュラ・ニッポン第6戦で3位入賞。
第8戦でポールポジション獲得。ファーステスト・ラップ2回。
同じく菅生で開催された全日本GT選手権第7戦で3位入賞。
1999
全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに星野一義率いるビブライズ・インパルより、全日本GT選手権にトヨタワークスのチーム・ルマンより参戦。
全日本GT選手権第5戦(富士)で総合優勝。
ポールポジション1回、ファーステスト・ラップ2回。
全日本選手権フォーミュラ・ニッポン第8戦で2位入賞。ファーステスト・ラップ1回。
2000
全日本選手権フォーミュラ・ニッポンにチーム・ルマンより全戦参戦。
第3戦で3位、第5戦で2位、第7戦で5位、第8戦で6位、ファーステスト・ラップ1回・
シリーズランキング5位。
全日本GT選手権にトヨタワークスのチーム・ルマンより全戦参戦。
第1戦・第2戦・第3戦・第5戦・第6戦に入賞。シリーズランキング6位。
2001
全日本選手権フォーミュラ・ニッポンにドコモ・チーム・ダンディライアンより全戦参戦。
全日本GT選手権にトヨタワークスのチーム・ルマンより全戦参戦。
第2戦富士、セパンラウンドで優勝。第4戦富士で3位に、第3戦菅生では5位に入賞。
2002
アメリカ最高峰フォーミュラカーレースIRL(インディ・レーシング・リーグ)に開幕からの3戦をコンバージェント・レーシング、後半3戦をインディ・リージェンシー・レーシングより参戦。
第2戦PHOENIX戦で10位入賞。
全日本GT選手権第8戦鈴鹿にスポット参戦(トヨタチームトムス)。
TRD開発ドライバーを務める。
2003
自らのチーム「Team MOHN」を立ち上げ、全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに全戦参戦。
第1戦6位入賞。
全日本GT選手権第2戦富士にスポット参戦(チームアドバンツチヤ)。
2004
全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに全戦参戦。
2005
全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに全戦参戦。
A1グランプリメインドライバーに抜擢。第2戦ドイツで第1レース10位、第2レース9位入賞。
Super GT第6戦富士にスポット参戦(チームアドバンツチヤ)。
2006
全日本スポーツカー耐久選手権シリーズ『ジャパン・ルマン・チャレンジ』にHITOTSUYAMA RACINGより全戦参戦。
第3戦岡山で総合4位、クラス2位。全戦でポールポジションおよびベストラップ獲得。
ルマンシリーズ第3戦ニュルブルクリンク(ドイツ)、第4戦ドニントン(イギリス)にZytekワークスドライバーとして参戦。第3戦で7位。
Super GT第6戦鈴鹿にスポット参戦(トヨタチームツチヤ)。
2007
全日本スポーツカー耐久選手権シリーズ『ジャパン・ルマン・チャレンジ』にHITOTSUYAMA RACINGより参戦。第1戦菅生、第2戦富士・第3戦もてぎで総合優勝。同シリーズチャンピオン獲得。
2008
世界3大レース ルマン24時間耐久レースに、KRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
世界最高峰の耐久レース ルマンシリーズにKRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
第2戦イタリア、第5戦イギリスで入賞。
アメリカン・ルマンシリーズ最終戦ラグナ・セカにスポット参戦(ECO RACING)。
2009
世界3大レース ルマン24時間耐久レースに、KRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
世界最高峰の耐久レース ルマンシリーズにKRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
初開催となるアジアンルマンシリーズにKOLLESより参戦。
日本人として初めてディーゼルプロトエンジン搭載のレーシングカーをドライブ。
2010
世界3大レース ルマン24時間耐久レースに、KRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
世界最高峰の耐久レース ルマンシリーズにKRUSE SCHILLER MOTORSPORTより参戦。
第1戦フランスで入賞。ルマン24時間耐久レースで念願の完走を果たし29年間の現役生活に終止符を打つ。
野田英樹

ドライバー部門

ロジャー安川
生年月日
1977年10月10日
出身地
米カリフォルニア州
身長
171cm
体重
68kg
ホームページ
http://www.rogeryasukawa.com/

アメリカで生まれ、イタリアと日本で育つ。1990年からアメリカ、イタリアでカート選手権に参戦。1998年フォーミュラ・ダッジ・ウェスタン・シリーズ・チャンピオン、1999年バーバー・ダッジ・プロ・シリーズ新人賞を受賞。2003年からIRLインディカー・シリーズに参戦している。


レース・プロフィール

1990-1992
米国でKARTに参戦、1991年ジュニア・カリフォルニア州チャンピオン
1993-1996
イタリアでKARTに参戦、1996年セントロ・アシステンツァ・チャンピオン
1997
フォーミュラ・ヴォクソール・ジュニア・シリーズ
1998
フォーミュラ・ダッジ・ウェスタン・シリーズ・チャンピオン(11戦中10戦優勝)
1999
バーバー・ダッジ・プロ・シリーズ、ランキング9位、新人賞
2000
バーバー・ダッジ・プロ・シリーズ、ランキング7位
2001
バーバー・ダッジ・プロ・シリーズ、優勝1回、ランキング4位
2002
トヨタ・アトランティック・シリーズ、優勝1回、ランキング10位
2003
IRLインディカー・シリーズ、ランキング12位
2004
IRLインディカー・シリーズ・スポット参戦
2005
IRLインディカー・シリーズ:ランキング17位
2006
IRLインディカー・シリーズ・スポット参戦
2007
第45回デイトナ24時間レース:6位
IRLインディカー・シリーズ・スポット参戦
2008
IRLインディカー・シリーズ・スポット参戦
2009
IRLインディカー・シリーズ・スポット参戦
ロジャー安川
加藤寛規
生年月日
1968年2月23日
出身地
神奈川県
身長
167cm
体重
58kg
血液型
RH+B
ホームページ
http://www.imedia24.tv/hiroki-katoh-net/
1990ー91
F100サーキットカートにデビュー
3戦目で早くも優勝し、チャンピオンを獲得。
FISCOシリーズ/チャンピオン  筑波シリーズ/2位
F100間瀬シリーズでは、4戦4勝の圧倒的な強さでチャンピオンとなる。
間瀬シリーズ/チャンピオン  筑波シリーズ/3位
1992
フォーミュラ・トヨタ(シリーズ8位)  
フォーミュラトヨタにステップアップ。デビューレースとなる第1戦では、雨の中、レース中のベストラップを記録。また3戦目ではポールポジションを獲得し非凡なところを見せ始めた。シリーズランキング 8位
1993
フォーミュラ・トヨタ(シリーズ2位)   
同シリーズに参戦。優勝を含む9回の入賞で、シリーズ2位となる。
シリーズランキング 2位
全日本F3選手権に第2戦より参戦。シリーズランキング 3位         
マカオグランプリに招待選手として出場。
リタイヤするも歴代日本人最速ラップを記録。
1994
全日本F3選手権(シリーズ2位)
(#45 THE・NEXT・ONE 393 ダラーラF393・無限MF204)
全日本F3選手権に参戦。優勝を含む9回の入賞でシリーズ2位。
全日本GT選手権。プライベートチームながら、シリーズ4位。
1995
全日本F3選手権(シリーズ2位)
(THE NEXT ONE #23 THE・NEXT・ONE 無限 ダラーラF395・無限MF204)
GTシリーズ/4位
フォーミュラニッポンテスト 鈴木亜久里率いるチームで参加。
初走行にかかわらず総合2番手のタイムを残す。
<<海外>>マカオグランプリに招待選手として出場。日本人2人目の6位入賞。
1998
全日本F3選手権(TODA RACING #2 ダラーラF398・無限)(シリーズ2位)
全日本GT選手権・GT300クラス(#21 ダンロップ BP BMW)(シリーズ4位)
F3マカオGP(#10 戸田レーシング ダラーラF398・無限ホンダ)(予選12位 決勝6位)
<<海外>> ル・マン24時間レースに「チームGO」より参戦。
車両:「BMW V12」 マシントラブルでリタイヤ
富士1000kmレースでは総合3位を獲得
1999
全日本フォーミュラニッポン選手権にシオノギ チームノバから参戦。
<<海外>>アメリカンル・マンシリーズに日本人初のワークスドライバーとして、
名門パノスより参戦。4位2回、シリーズランキング10位
ル・マン24時間レースにパノスより参戦。総合5位完走
2000
《海外》「Panoz」よりル・マン24時間レース参戦(総合5位完走)
《海外》アメリカン・ル・マン・シリーズ「Panoz」より
日本人初ワークスドライバー参戦 *4位2回、シリーズランキング10位
2001
全日本GT選手権に参戦。チーム:無限x童夢 
マシン:NSX
十勝24時間レースには無限ワークスとして参戦。(クラス2位、総合4位を獲得)
マシン:HONDA インテグラ
<<海外>>FIAスポーツカー選手権とル・マン24時間に
Den Bla Avis Team Gohから参戦し2回の優勝で
日本人初のシリーズランキング2位を獲得。
マシン:童夢S101
2002
「チーム国光」より全日本GT選手権参戦 (シリーズ4位を獲得)
マシン:RAYBRIG NSX
<<海外>>AUDI SPORT JAPAN TEAM GOHよりル・マン24時間に参戦。
総合7位を獲得
マシン:AUDI R8
2003
「チーム国光」より全日本GT選手権参戦
マシン:RAYBRIG NSX
<<海外>>2003 MERDEKA MILLENIUM ENDURANCEに参戦。
(マレーシア での12時間レース)クラス優勝を果たす。
マシン:HONDA インテグラ
「HONDA Malaysia」よりMERDEKA MILLENIUM ENDURANCE参戦
 *5年連続優勝獲得
2004
「チーム国光」より全日本GT選手権参戦
マシン:RAYBRIG NSX
<<海外>>ADVAN KONDO RACINGよりルマン24時間に参戦。
マシン:童夢S101
2004
MERDEKA MILLENIUM ENDURANCEに参戦。総合優勝を獲得
2005
SUPER GT・GT300クラス(シリーズ7位)
(RACING PROJECT BANDOH #19 ウエッズスポーツセリカ)
2006
SUPER GT・GT300クラス(シリーズ2位)
(Cars Tokai dream28 ♯2 プリヴェチューリッヒ・紫電)
JLMC・LMP-1クラス シリーズ6位*
2007
SUPER GT・GT300クラス(*優勝を含む シリーズ2位獲得)
(Cars Tokai dream28 #2 プリヴェKENZOアセット・紫電)
2008
SUPER GT・GT300クラス
(Cars Tokai dream28 #2 プリヴェKENZOアセット・紫電)
2009
SUPER GT・GT300クラス
(Cars Tokai dream28 #2 アップル・Kーone・紫電)(シリーズ6位)
2010
SUPER GT・GT300クラス
加藤寛規
山崎信介
生年月日
1978年10月13日
出身地
神奈川県
血液型
RH+A
ホームページ
http://www.shinsuke-yamazaki.jp/
19才
バイトで稼いだ資金を元にレーシングカートを始める。同年FJ1600のオーディ ションに合格しフォーミュラのレースを始める。フル参戦1年目の2000年、FJ1600筑波 シリーズチャンピオン獲得。その年末に行われたFJ日本一決定戦での走りを評価され、 翌2001年、英国F3スカラシップクラス、米国フォーミュラダッヂ等の海外レースに参戦。2002年は国内でフォーミュラドリームに参戦し、翌2003年富士スピードウェイで行われたGC-21スポーツカーシリーズに参戦。5戦中3勝を挙げシリーズチャンピオン獲得。
2004
本人が強く希望していた海外レース参戦を決意し、前年度の賞金を元にヨーロッパで新しく始まったフォーミュラXに参戦。開幕戦モンツァでの優勝で継続参戦のチャンスを得て最終戦までチャンピオンを争い、結果8戦中2勝、シリーズ2位の成績を残す。
2005-06
GC-21で走ったチーム、エイムスポーツのテストドライバーとしてフォーミュラトヨタに3戦出場し、2006年は目標であるルマン24時間に向け、新しく始まったジャパン・ルマン・チャレンジに同チームから参戦。LMP-2クラス3位の成績を残す。
2007
新たにSUPER GT 300クラスに参戦。加えて、前年に引き続きジャパン・ルマン・チャレンジにZytek05SでLMP-1クラスに参戦。開幕からの3連勝でシリーズチャンピオンを獲得する。
2008-09
ヨーロッパ・ルマン・シリーズ、ル・マン24時間参戦に向けてのテスト・交渉を進めるが、資金面の問題により叶わず。マレーシアMME 12時間耐久レースにシンガポールのMKJレーシングより参戦し2008年4位、2009年3位の成績を残す。
山崎信介
福田良
生年月日
1979年6月26日
出身地
福岡県
血液型
RH+A
1990
カートレースをはじめる
1992
SL全国大会 優勝
1993
九州地方カート選手権 チャンピオン
1994
全日本カート選手権 3位
1995
アジアパシフィック選手権 チャンピオン  ELFスカラシップ獲得
1996
フランス La Filiere  レース学校入学
1997
仏 Formulaルノー選手権 年間ランキング8位
1998
仏 Formulaルノー選手権 日本人初の市街地コース初優勝 年間6位
1999
仏 Formula3 選手権 年間ランキング9位
2000
仏 Formula3 選手権 年間ランキング3位  4勝
仏 ヨーロッパF3選手権 市街地サーキット  2位
仏F3 MACAU GRAND PRIX  3位 日本人歴代 2人目
2001
仏 フォーミュラー3 選手権  チャンピオン 日本人歴代初 11戦7勝
2002
Formula 1 B.A.R HONDA テストドライバー
仏 ルマン24時間耐久レース GTクラス 不完走
2003
Formula Nippon 5戦参戦
仏 ルマン24時間耐久レース LMP1クラス 総合13位完走
2004
Formula Renault 3.5 世界選手権 途中参戦
仏 ルマン24時間耐久レース LMP1クラス 不完走
2005
Formula Renault 3.5 世界選手権 年間ランキング 16位
2005年 Formula Renault 3.5 世界選手権 年間ランキング 16位
A1 Grand Prix              日本代表  8位
2006
Formula Renault 3.5 世界選手権 年間ランキング 14位
育児期間
 
2010
ドライバーマネージメント
2011
Super GT 選手権GT300クラス 岩崎祐貴ドライバーマネージャー
CARA COAT インターナショナル バイザー販売
ドライバー育成、海外コーディネーター、通訳など。
福田良
石浦宏明
生年月日
1981年4月23日
出身地
東京都
出身校
国学院久我山中学・高等学校 青山学院大学理工学部中退
TDP(トヨタヤングドライバーズプログラム)所属ドライバー
ホームページ
http://www.ishiura.net/
オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/ishiura/

石浦宏明は高校に通う傍ら17歳の1999年にカートレースにデビューする。デビュー戦からポールトゥーウィンをコースレコードで飾るという鮮やかなデビューを記録する。その後、カートレースで実績を重ね、2002年にはザップスピードのドライバーオーデションを受け、フルサポートドライバーに合格。またフォーミュラトヨタレーシングスクールを受講し最終選考会に残った。2003年から2005年まではフォーミュラ・トヨタシリーズに参戦する。特に参戦3年目は服部尚貴が作った若手ドライバー育成プロジェクトチームである「TeamNaoki」のサポートを受け、シリーズランキング3位(優勝2回)を記録した。また、この年はGC-21シリーズにも参戦し、シリーズチャンピオンに輝いている。この年の末にはフォーミュラ・ニッポンのルーキーテストに「TeamNaoki」のスカラシップにより参加している。2006年からはトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム(TDP)契約ドライバーとして、全日本F3選手権にステップアップし(シリーズ9位・優勝1回)の実績を残した。2007年は全日本F3選手権シリーズにTOM’Sから参戦。全戦でポイントを挙げ、シリーズランキング4位(2勝)となった。またSUPER GT・GT300クラスにもデビューし、大嶋和也とトヨタ若手コンビを結成している。第2戦岡山ラウンドにて初優勝を飾り、第4戦セパンラウンドでも優勝するなど好成績を残し、GT300クラスのドライバーズチャンピオンに輝いた。2008年は服部尚貴がテクニカルディレクターを務めるTeam Le Mansよりフォーミュラ・ニッポンに参戦。SUPER GT・GT500クラスでは、土屋武士と共にECLIPSE ADVAN SC430をドライブした。2009年はフォーミュラニッポンでシリーズ6位となり、LEXUS TEAM KRAFTに移籍したGT500でも大嶋和也と再びコンビを組み鈴鹿700㎞レースでポールトゥウインを飾った。2010年は引き続きTeam Le Mansよりフォーミュラニッポンに参戦。GT500では富士でポールトゥウインを達成。2011年は新生Team KYGNUS SUNOCOからフォーミュラニッポンに参戦し、GTもLEXUS TEAM SARDに移籍。GT開幕戦ではポールポジションを獲得した。ドイツで行われるニュルブルクリンク24時間レースにGAZOO RACINGからLEXUS LF-Aを駆り参戦。

1999
NTC YAMAHA-class win
2000
TC PRD kart series 2nd
2001
NTC CUP SS-class
Motegi kart series FA-class Champion
2002
FormulaTOYOTA Racing School
2003
FormulaTOYOTA series 4th(1P.P.)
2004
FormulaTOYOTA series 6th(1P.P.)
2005
FormulaTOYOTA series 3rd(4P.P. 2wins)
GC-21series Champion(5P.P. 5wins
2006
Japanese F3 series 9th(1P.P. 1win)
SuperGT 300 suzuka 1000km
2007
Japanese F3 series 4th(3P.P. 2wins)
SuperGT 300(TOYOTA MR-S) Champion
2008
Formula Nippon series 16th
SuperGT 500(LEXUS SC430) 15th
2009
Formula Nippon series 6th
SuperGT 500(LEXUS SC430) 9th(1win)
2010
Formula Nippon series 8th
SuperGT 500(LEXUS SC430) 6th(1win)
2011
Formula Nippon series
SuperGT 500(LEXUS SC430)
Nurburgring 24hours race
石浦宏明
チームルマン

Team LeMans は株式会社ルマンのグループ企業として、各種高性能製品の販売促進並びにそれらのポテンシャルを実証するだけでなく、国内最高峰モータースポーツでの継続的な活動と実績を背景に、様々な分野の様々なお客様との技術提携、または技術支援の提供を展開しています。
御殿場工場には 自動車関連部品全般の設計/開発/解析を可能にする専門スタッフ、また工作機械や計測機械を有しており、フォーミュラ・ニッポンを頂点とするレース活動を円滑かつハイレベルで展開することができる体制が敷かれています。
その技術と設備、また人材を、参戦している特定のモータースポーツ活動に固執することなく、自動車産業全体の発展のために貢献、還元できるよう日夜努力しています。モータースポーツという極限の競い合いの中に含まれる様々なポジティブな要素と、経験を最大限に活用できる分野を常に模索し、これからも Team LeMans は邁進して参りますので、これを機会に私たちの活動に注目して頂けたら幸いです。

http://www.teamlemans.co.jp/

Team Le Mans レースの歴史

1967
東京渋谷にて株式会社ルマン商会設立。レーシングカー及び自動車の輸出入業務開始。
1969
レーシング部門設立「チームルマン」正式発足。
1976
当時の国内フォーミュラーレースのトップカテゴリーである全日本F2000に松本恵二を擁し参戦。
第5戦の鈴鹿でスポット出場したF1ドライバーのジャック・ラフィーが、シェブロンB35・BMWで優勝。
1977
前年に続き、全日本F2000に松本恵二が出場。また、海外からF1ドライバーのパトリック・タンベイ、ケケ・ロズベルグ(’82年 F1チャンピオン)らを招いて参戦。最終戦の「JAF鈴鹿グランプリ」で、同じくF1ドライバーのリカルド・パトレーゼがシェブロンB40/42・BMW に乗り優勝。
1978
全日本F2000から名称を変更した全日本F2に松本恵二が出場。海外から参戦したドライバーでは、マーク・シュラーが第4戦の鈴鹿で優勝。
1979
全日本F2で松本恵二が初優勝を含む2勝を挙げ、チャンピオンを獲得。
1980
全日本F2に松本恵二が参戦。第5戦鈴鹿で優勝。
1981
全日本F2開幕戦鈴鹿で松本恵二が優勝。この年にステファン・ヨハンソン、テオ・フォビら(いずれもF1ドライバーとして活躍)も参戦。
1982
全日本F2で松本恵二がシリーズ3位。富士GCでもシリーズ1勝を挙げ、シリーズ3位を獲得。全日本F2には、ジョニー・チェコット、ジェフ・リース、クリスチャン・ダナー(いずれも後にF1ドライバーとして活躍)が出場。
1983
この年からグループC(LM03C)の製作を開始。全日本F2に松本恵二とエイエ・エルグが参戦。
また松本は富士GCシリーズで優勝1回、2位1回の成績でチャンピオンに輝く。
1984
全日本F2と富士GCシリーズに松本恵二が、全日本F2に鈴木利男が出場。また、富士ロングディスタンスシリーズの第1戦富士500kmで、柳田春人/和田孝夫のLM03C・ニッサンが3位入賞。
1985
全日本F2で松本恵二が開幕戦で優勝、シリーズ2位に。また富士GCでは3位となる。さらに10月に富士で行われたWEC in JAPANでは中子修/森本晃生/エマニュエル・ピエロがLM05C・ニッサンで総合2位を獲得。
1986
全日本F2で松本恵二が2勝を挙げ、ランキング4位。富士GCでも1勝を挙げランキング2位を獲得。
また全日本F3では森本晃生が3勝を挙げシリーズチャンピオンに輝く。
1987
この年、全日本F2から全日本F3000へ移行。松本恵二がシリーズ4位に。富士GCシリーズでランキング2位を獲得。9月に行われたWEC in JAPANでは、和田孝夫/アンデルス・オロフソン(マーチ86S・ニッサン)がポールポジションを獲得。
1988
全日本F3000でエマニュエル・ピロ、ジェフ・リースの2台体制で参戦。第5戦菅生ではリースとピロが1-2フィニッシュ。シリーズではピロがランキング3位に。リースはGCシリーズにも出場。この年から富士以外に、菅生と鈴鹿の各1戦が加わり全6戦となり、3勝を挙げたリースがチャンピオンに輝く。
1989
全日本F3000に前年と同じ体制で参戦。ピロが第4戦鈴鹿で優勝。全日本のタイトルがかけられたGCシリーズはこの年で終了することになったが、ピロとリースのチームメイト同士によるチャンピオン争いとなり、リースがタイトルを獲得。
1990
全日本F3000に黒澤琢弥とジョニー・ハーバートが、レイナード90D・無限で参戦。また、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権 (JSPC)第2戦富士で、和田孝夫/中子修(ニッサン・R90V)がポールポジションを獲得。
1991
全日本F3000、全日本F3、JSPCと幅広いカテゴリーで活動。F3000第6戦菅生では、ミハエル・シューマッハがスポット参戦。チームメイトのロス・チーバーが優勝、2位にシューマッハが入り、見事1-2フィニッシュを達成。
1992
全日本F3000でロス・チーバーが開幕戦で優勝し、ランキング3位を獲得。
1993
全日本F3000でロス・チーバーが2勝。最終戦までチャンピオン争いにもつれた接戦も、僅か1ポイント差で惜しくもタイトル獲得ならず。
1994
全日本F3000にロス・チーバーと服部尚貴の2台体制で参戦。チーバーが2勝を挙げ、ランキング3位。
服部も1勝を挙げ、ランキング5位を獲得。
1995
全日本F3000に服部尚貴と山本勝巳の2台体制で参戦。開幕戦で服部が優勝を飾る。
1996
この年より全日本F3000から名称変更された全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに、服部尚貴とラルフ・シューマッハの2台体制で参戦。チームメイト同士の激しいタイトル争いを繰り広げ、シューマッハが3勝を挙げチャンピオンを獲得。服部も2勝を挙げ、2点差でランキング2位となる。
チーム部門でも王座に輝き、ドライバー部門とチーム部門の2冠を達成。
また全日本GTではGT500クラスでデイビッド・ブラバム/ジョン・ニールセンがチャンピオンを獲得。ランキング2位にも3勝を挙げた服部/シューマッハが入った。
1997
フォーミュラ・ニッポンにノルベルト・フォンタナとエスティバン・トゥエロの2台体制で参戦。
フォンタナが第7戦美祢で1勝を挙げ、ランキング3位。
1998
フォーミュラ・ニッポンにノルベルト・フォンタナと本山哲の2台体制で参戦。本山が3勝を挙げてチャンピオンを獲得、チーム部門でもチャンピオンに輝き2度目の2冠を達成。
1999
フォーミュラ・ニッポンに本山哲と山西康司の2台体制で参戦。全日本GTでは第5戦富士で、
野田英樹/ワイン・ガードナーのコンビが優勝。
2000
フォーミュラ・ニッポンにチームルマンとして野田英樹と五十嵐雄大、チームマレーシアとしてアレックス・ユーンの2チーム体制で参戦。全日本GTでは前年に続き、野田英樹/ワイン・ガードナーのコンビで参戦。
2001
フォーミュラ・ニッポンはアレックス・ユーンと五十嵐雄大というラインアップ。ユーンはシーズン途中からF1に参戦、代わって山西康司が出場。またマシンメンテナンスを担当したARTAの脇阪寿一選手が第7戦富士で優勝、ランキング5位を獲得。全日本GTは脇阪寿一/野田英樹のコンビで第2戦富士とマレーシアラウンドで優勝。
2002
フォーミュラ・ニッポンには土屋武士、ドミニク・シュワガーを起用。またARTA(脇阪寿一/金石年弘)のメンテナンスを担当、チーム総合3位に。全日本GT選手権に脇阪寿一/飯田章、GT500 ESSO TOYOTA Team LeMans がシリーズチャンピオンを獲得。
2003
フォーミュラ・ニッポンに金石年弘、土屋武士の2台体制で参戦。第9戦もてぎで金石が勝利、2位1回、また土屋も2位1回を獲得し、チーム総合2位。またTEAM 22 脇阪寿一車をメンテナンス、ドライバーズ総合3位。全日本GT選手権では脇阪寿一/飯田章、GT500 ESSO TOYOTA Team LeMans がシリーズ2位。
2004
フォーミュラ・ニッポンに脇阪寿一、土屋武士に新人の片岡龍也を加えた3台体制で参戦。脇阪が2位1回、
3位2回、また片岡が3位1回の成績を収める。
2005
フォーミュラ・ニッポンに土屋武士、片岡龍也の2台体制で参戦。土屋は3位1回、片岡は2位1回。
2006
フォーミュラ・ニッポンに片岡龍也、高木虎之介の2台体制で、またSUPER GTに片岡龍也/飯田章で参戦。
片岡がFNで3回の表彰台を獲得し、シリーズランキング7位。
2007
フォーミュラ・ニッポンに片岡龍也、高木虎之介の2台体制で参戦。またSUPER GT選手権に片岡龍也/ビヨン・ビルドハイムで参戦、ランキング9位。
2008
フォーミュラ・ニッポンに本山哲、石浦宏明の2台体制で参戦。SUPER GTは体制を大きく変え、「ENEOS TOYOTA Team LeMans」として、前年シリーズチャンピオンを獲得した伊藤大輔を起用。
2年目となるビヨン・ビルドハイムとのコンビで参戦するも、伊藤がシーズン中に負傷。
全9戦のうち4戦を欠場し、代わりを飯田章が務めた。伊藤の復帰戦となった最終戦・富士で3位獲得。
2009
フォーミュラ・ニッポンに国本京佑、石浦宏明の2台体制で参戦。石浦が第3戦もてぎで3位獲得。
SUPER GTは伊藤大輔/ビヨン・ビルドハイムで、「LEXUS TEAM LeMans ENEOS」として参戦。
2010
フォーミュラ・ニッポンにケイ・コッツォリーノ、石浦宏明の2台体制で参戦。石浦が第6戦オートポリスで3位獲得。SUPER GTは伊藤大輔/ビヨン・ビルドハイムで、最終戦までもつれ込むシリーズチャンピオン争いを繰り広げた。ランキング4位。
チームルマン

エンジニア部門

土沼広芳

チームルマン代表

生年月日
1955年6月28日
出身地
新潟県新潟市
http://ameblo.jp/donuma/
1977
株式会社ルマン入社

チームルマンエンジニアとしての主な経歴

1986
F3チャンピオン獲得
1989
全日本グランドチャンピオンシリーズチャンピオンをジェフリースで獲得
1991
F3000にミハエルシューマッハを起用する
1990-1995
F3000シリーズで8勝する
1996
Fニッポン初年度チャンピオンをラルフシューマッハで獲得
1998
Fニッポン本山哲でチャンピオン獲得

チームルマン監督としての主な経歴

1999-2006
Fニッポンで通算3勝する。
2002
全日本GT選手権でチャンピオン獲得
2003-06
2006年スーパーGTで通算2勝する。
現在に至る
通算戦績
360戦(2011現在)45勝 45ポールポジション
8タイトル獲得
2000
2000年株式会社ルマンからレース部門が独立して株式会社チームルマン設立。代表となる。
土沼広芳
河野康
元トヨタレーシングデベロップメントエンジニアデザイナー

1959
愛知県生まれ
1983
Stevens Institute of Technology (U.S.A.)卒業 機械工学士
1984-02
TRDに入社。
駆動設計2年、シャーシー設計16年のキャリアを積む。
1991-02
シャーシーエンジニアグループのリーダーとして:TS010, GT500 Supra, GT300 MRS, JTCC Chaser などを製作。
レースエンジニアとして:Group C Japan 1989
Le-mans 1989 (89CV), 1992,93 (TS010)
Sports Car World Championship 1992, 93 (TS010)
テスト開発のチーフエンジニアとしてこの期間TRDで製作開発した全てのレース車両の開発を担当。
2003
Formula Nippon, Team Mohnのチーフエンジニアとしてチームの発足に参加。
2005-07
Team Lemans に参加、JGT及びFormula Nipponにスーパーバイザーとして携わる。
2008-10
Aim Racing Team にテクニカルディレクターとして参加
2008
CreationAimでEuropean lemans series と Le-Manにレースエンジニアとして参戦。
2009-10
はOrecarでEuropean lemans series と Le-Manにテクニカルアドバイザーとして参加。
河野康
根田善弘
ネダレーシングユニオン 代表

http://www.nedaracingunion.com/about-nru.html
1955年生まれ 東洋大学工学部卒業
’88全日本カート選手権を最後に現役ドライバーを引退。
岩手県盛岡市にて、ネダレーシングユニオンを主宰。
1999年に2サイクルロータリーバルブエンジンの吸入システムの特許を取得する。
以後、4輪にも通用するドライバー育成をテーマとして、後進の指導にまい進する。
カートでテクニックを身につけ、4輪に上がっていくドライバーを輩出し、過去のフォーミュラドリーム等でチャンピオン争いをするような選手を育てる。この事実からカート時代の教え方が間違いでなかったことを確信する。
2004年1月より、日本で唯一のカート専門雑誌JAPAN KARTのコラムを担当する。
コラムの名は「常勝カートを目指す俺の考え」で、好評を得る。
2008年よりSLO主催のカートアカデミー講師を担当する。

根田善弘

トレーナー部門

小谷徹
コタニ鍼灸整骨治療院 総院長

明治針灸大学(現 明治国際医療大学)出身(卒業)
http://www.kotanichiryouin.com/
総合病院や整形外科医院の東洋医学・リハビリテーション科、鍼灸整骨院を経て、平成11年に大阪豊中にコタニ治療院を開院。
治療のベースを鍼灸におき、からだの運動器の故障のスペシャリストとして鍼灸による痛みのコントロール、リハビリ的運動療法の施術・治療及びコタニ治療院独自のマッサージ等、保存療法・手技療法を用い様々なジャンルのプロスポーツ選手、実業団選手等のアマチュアアスリートの治療にたずさわり、メンタルおよびフィジカル両面で選手たちを支えるメディカルトレーナーとしての地位を確立。講演や指導など後陣の育成にも力をいれる。
スクール校長の野田英樹氏ともフォーミュラニッポン時代からパーソナルトレーナーとして国内海外のレースに帯同し公私共に支える。

小谷徹
末武信宏
フィジカル・メンタルトレーニング

国立岐阜大学医学部卒  
岐阜大学医学部附属病院 第一外科入局
医学博士(順天堂大学大学院医学研究科博士課程 卒)
順天堂大学医学部でアンチエイジング医療、スポーツ医学研究、トップアスリートを治療、トレーニング指導を担当。先端医療治療に取り組み 自律神経機能向上を目的としたセル・トレーニング普及に努める。http://www.topathlete.co.jp/menu01/
日本美容外科学会認定専門医としてアスリートの創傷ケアに努める。http://www.sakae-clinic.com/wound/

プロボクシングトレーナー(JBC認定) No.31532

2001年 さかえクリニック陸上競技部(SCTC)創設、総監督 兼 チームトレーナーに就任し2003年 日本陸上選手権大会 社会人出場数日本一を達成、アテネ五輪出場選手輩出。
2001年、2002年、2006年 鈴鹿8時間耐久世界選手権大会 徳野政樹(日本人初 鈴鹿8時間耐久世界選手権大会優勝ライダー) 専属トレーナーとして 合同チーム結成、出場
2005年ー2006年 FN 松田次生選手 メディカルレーシングサポート
2009年よりMOTO GPレーシングライダー 秋吉耕佑 専属トレーナーとして 鈴鹿8時間耐久ロードレース 2010年3位、2011年 優勝、全日本ロードレース選手権大会JSB1000 2010年 年間総合王者(シーズン3勝)獲得。
2010年10月 トップアスリート株式会社 代表取締役就任(アスリート支援法人)http://www.topathlete.co.jp/
プロ野球主力選手メディカルトレーナー、プロボクシング東洋太平洋王者、NASCARレーシングドライバー、オリンピック日本代表、K1戦士、プロゴルファーなど多くのトップアスリートのコンディショニング、トレーニング、ケア、治療を担当。
詳細の実績は http://www.topathlete.co.jp/menu04/#daihyou

河野康

マネージメント部門

チャールズ・チェン
http://speedofjapan.com/
1996
株式会社アクロマティック設立 マーケッティング会社
2000
モータースポーツ選手に特化したマネージメントエージェンシーSpeed of Japanを設立。チーム交渉やスポンサー交渉から、選手のマーケッティング、日常の管理まで一括で行う。
所属代表選手:野田英樹、ロジャー安川、玉田誠、清成龍一、加賀山就臣、菊池寛幸、宮崎敦、青木治親
2010
Tesla Motors Japanのマーケッティング担当
チャールズチェン

栄養管理

兵藤彰洋
生年月日
1984年
出身地
静岡県裾野市
資格
栄養士・調理師・家庭調理検定1級取得
2005
武蔵野栄養専門学校卒業
現在の栄養士活動の基礎となる。
東和病院栄養科栄養士として勤務。
2006
株式会社電通・JAICA・NTTデーターの社員食堂に勤務。
2008
大東文化大学入学 経営学部・経営学科
2010
関西エリアで、関西スーパー・西友・イオン・イズミヤ・近商ストアーを管理。
その側ら栄養士としてプライベート栄養管理のコンサルタントも行う。
経営者、アスリートなど多方面で活躍する人たちに見合った栄養管理の指導等を行う。
兵藤彰洋

一般課程

星槎国際高等学校